日本の歴史を、時代を問わずに語っていきたいです。
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ポテトがない
土曜日…
月に一回のお楽しみ。マク〇ナルドで、持ち帰りをしたら、「バリューセット」についているはずの、

ポテト3個が一つもない!!
「あらま!」

お店に電話すると、恐縮して、家まで持ってきてくれると言うんです。
だけど、昼時で忙しそうだったし、
何しろ、マクドナルドまで家から1~2分の距離にある我家。


取りに行った方が早いと、またテクテクお店まで出かけました。

ポテトを貰うと、お詫びにと、マンゴパイ(?)をくれました。えへ?なんか、得した気分になっちゃった!
いや~マク〇ドナルドは感じのいいお店だと、印象もますます良くなりました。

私って、ゲンキンな奴~~(^V^)

家が近かったことも幸いでした。
車で買いに行き、家に戻ってポテトがなかったら、ブウブウ文句言って、済ませちゃったと思います。

お店の印象って、ちょっとした気遣いで、変わるもんです。
得した気分で、
気持ちよく、お昼寝に突入致しました。


今日も、一日良い日だったワ~~♪

本場讃岐うどん
昨日の夕飯は、
お裾分けで頂いた、本場の讃岐うどんを茹でました。

湯で時間は長めにと、教えて貰ったので、
茗荷(みょうが)
大葉
オクラ
と、薬味を用意して待ってました。


白くて艶やかなうどん!
おー美しい(^^)

水でシコシコ洗っているうちに、ますます輝きがまし、しまってきました。

お皿に盛って、薬味を沢山いれて、
一口食べる!

美味しい♪


いや、実に美味しい(^V^)




一度、本場の讃岐うどんを食べに行きたい。

暑い時は、麺類に限る!
スズメ蜂の巣が~~!
うそ!!
と、思わず、後ろに飛びずさり…


外出先から帰り、いつものようにボウとしていたら、チャイムの音がして、お隣の奥様がいらっしゃいました。

「はい」とにこやかに玄関先に出ると、
我が家の軒下に、蜂の巣があるのを教えてくれました。

何でも大きな蜂が、その巣の中に入って行くのを見たとか……




ひえ~!






蜂の巣は、どうみても普通の蜂の巣に見えない。
つぼ型で、
色は茶色ぽくみえる。

夕方なので、それ以上の判別不可能(><)

取り合えず、明日(今日ですが)市役所に電話して、駆除をしてもらえる部署を教えて貰おうと思ったのですが、
2、3日前まで、何も無かった場所に、
突然、出現した蜂の巣…


すぐ大きくなったら、どうしよう。
住宅街だし、
誰か、蜂にでも刺されたらと思ったら、
いてもたっても溜まらず、
タウンページを掴んでました。

さて、ここで悩みごと、
蜂、しかもスズメ蜂の駆除はドコに頼むんだろう?
分からん(@@)

取り合えず害虫駆除で、探してみたらありました。

さっそく電話して、説明をしたら、
「スズメ蜂の巣でしょう」と言われ、ショック、
駆除値段を聞いて、ショック、ショック!!!

だけど、自分で駆除できないので、即、頼みました。


翌朝、仕事に出ている間に駆除に来てくれ、
午後集金に来てくれた時に聞いたら、
「黄色スズメ蜂の巣」との事でした。

幸い巣の中には一匹しかいなかったそうです。
これから大きくなるところだと聞いて、またまたゾゾz~


それでも、これで漸く蜂の巣の恐怖から開放されました。
大きな安堵感と共に、

スズメ蜂にお願いしたい。

『もう巣を作らないでぇぇえええ』
麺類の美味しい季節
日記の更新も滞り、失礼致しました。
新たに「日々の徒然」なる項目を設けまして、日頃思ったことも書いていきたいと思いますので、よろしくお付き合いくださいませ。

月日の経つのは早い~
(意味が違うか?……笑)

それにしても、毎日の事件の連続…目まぐるしいばかりに、急激な変化で、付いていけない。

年齢を重ね過ぎたってことは、ございませんですよね。

昨日は、初めて町会の夜回りに参加いたしました。
拍子木を鳴らしながら、
『戸締り用心』『火の用心』と、大声を張り上げて、町会をぐるっと回りました。

日ごろ、大声を出す機会がないので、
ここぞとばかり、
声を張り上げて参りました。

ストレス解消にぴったりでございます。

ひとりで大声を張り上げていたら、『変な人』に思われちゃいますから…(爆笑)

町内会が活発というのは、この時代背景を考えると、とってもいいことだと思いました。

隣に、どんな人が住んでいるか分からないのは不安になりますが、町会を通して、お顔見知りになっておくのも、いいモンです。

会えば、ご挨拶出来ますもの。

ただ、最近、お顔を覚えるのが苦手になって参りました。
しっかり、頭にインプットしないといけません。
脳の活性化にも役立つかな??


今日はやや寒いようです。
先日、焼肉屋さんで冷麺を食べました(^V^)
美味しい~♪
こんなに美味しいなんて思いも新鮮でした。

幸運な出会いにラッキー!

一昨日は冷やし中華を作って食べました。
お野菜(トマト・きゅうり・レタス)をたっぷりのせ、錦糸卵、ハム、カニカマ、ワカメものせ、ゴマダレで頂きました。

頬が落ちるほど美味でした。

今度はざるそば、ざるうどん、そうめん…
麺類の美味しい季節になりました。

さて、今日は何をたべようかな。
持統天皇 その二
持統天皇について触れる前に、横道に、ちょっとそれます。

天武天皇は、天智天皇の弟、孝徳天皇の皇后・間人皇女の兄であり、同母兄妹となっていますが、
即位年、没年から推定すると天智天皇より年上になってしまいます。
さて、後に壬申の乱が、天智天皇の没後、天武天皇と天智天皇の皇子・大友皇子で起こります。
国内最大の内乱と言ってもいい、壬申の乱が起こった訳はもっと根のふかい理由があったかもしれません。

参考までに、大友皇子の妃は、天武天皇と額田王との間に生まれた十市皇女です。

天武天皇の皇子女と、天智天皇の皇子女は多くが婚姻関係にあります。
当時、同母兄弟は婚姻できませんでしたが、
異母兄弟なら婚姻できました。
一度、系図をご覧になることをお勧めします。とても複雑に入り組んでします。

はい、本題に入ります。


持統天皇と、姉の大田皇女は、父の手によって祖父の蘇我倉山田石川麻呂が滅ぼされ、それが原因で、病に伏した母と死別します。
亡二人には、健皇子という弟がいましたが、幼くして亡くなりました。
父方の祖母である斉明天皇の元に、引き取られた二人は
成人すると、叔父の大海人皇子の妃となりました。



大田皇女…大伯皇女・大津皇子
持統天皇…草壁皇子

天武天皇として大海人皇子が即位した時、既に大田皇女は亡くなっていたので、持統天皇が皇后となります。
所生の草壁皇子が皇太子となりますが、異母弟の大津皇子が人物的にも優れていた為、人臣の期待はいやがうえにも大津皇子に集まります。

大津皇子は、持統天皇にとっては姉・大田皇女の忘れ形見の皇子であり、
母方からみれば、実の甥、
父方からみれば、草壁皇子の異母弟、
しかも、たった一才違いとなれば、複雑な思いを抱いたことでしょう。

その他にも、天武天皇は、天智天皇の皇女や廷臣の娘を後宮に入れ、多くの皇子女が生まれています。
ですが、血統的にみて、草壁皇子の最大のライバルは、大津皇子ただ一人でした。

天武天皇も、大津皇子を、次の天皇にという考えを持っていたようです。
もし、
歴史に、『もし』はありませんが、
父・天武天皇が病で崩御しなければ、大津皇子が天皇として即位したかもしれません。

天武天皇崩御後の、持統天皇の動きは、すばやく、
大津皇子謀反として、皇子は捕らえられ、処刑されます。

大津皇子の妃である山辺皇女が、その後を追ったのも悲しいお話です。


最大のライバル・大津皇子を葬り、何の障害もなくなったはずなのに、その2年後、今度は草壁皇子や病で亡くなります。

持統天皇の胸に、どんな思いが去来したのか?
草壁皇子の忘れ形見である、軽皇子(かるのみこ)に、天皇即位の夢をえがいたのか、持統天皇自ら、天皇として即位します。

持統天皇の誕生です。

それでは、今回は、これまでにしとうございます。
(ここに、書きましたのは、あくまでもひとつの意見です。気楽にお読み頂けると嬉しいです)


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