日本の歴史を、時代を問わずに語っていきたいです。
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万葉集3
皆さん、こんにちは。
16日に宮城県沖で地震がございました。
心からお見舞い申し上げます。


それにしても最近、地震が多いですね。7月にも東京で地震があったばかり、
あの時は、大学のスクーリングがあって東京のお台場に来ていました。
いざ帰ろうと思ったら、電車が不通で復旧の見通しなしと言われましたが、
家も家族も無事と連絡が取れたので、慌てて駅前のホテルに駆け込みました。

空き部屋があったので泊まれましたが、危うく野宿する所でした。
次の日も、朝早くからスクーリングがあったので、泊まって正解でした。
もし家まで歩いて帰ったら、2日はかかったでしょうか?
やっぱり地震は怖いです(><)


それでは万葉集シリーズ・第三弾です。

今回は大津皇子を取り巻く人々の歌で参りましょう。


大津皇子には同母姉の大伯皇女がいます。
父・大海人皇子が天皇に即位した時、伊勢の斎王となりました。


斎王が*退下(たいげ)するのは、天皇が崩御したり、譲位して代替わりになった時、
または斎王の父が天皇以外で、どちらか両親が亡くなった時、
あるいは身内から謀反人が出た時や斎宮自身が罪を犯した時(男性と通じる)は、事故とされ都に連れ戻されます。

退下…斎王が任を解かれ都に帰ることを言います。

伊勢の斎宮は男子禁制で、姉弟といえども会うことは許されません。
父・天武天皇が崩御し後、皇太子草壁皇子を天皇に冊立しとうとする皇后と大津皇子の間は最悪の状態になっています。
禁忌を犯して、弟の大津皇子は大伯皇女に会いに行きました。

この時、大津皇子は何を思っていたのでしょうか。


伊勢を去る大津皇子を見送りながら、大伯皇女が詠んだ歌が四首あります。

その内の一首を今日はご紹介します。



我が背子を 大和へ遣ると さ夜更けて 暁露に  我立ち濡れし

【読み】わがせこを やまとにやると、さよふけて あかときつゆに、われたちぬれし


【意味】私のいとしい弟を大和へやってしまうのを見送りつづけていると、夜も更け、朝方の露に濡れてしまった。



大和に戻った大津皇子の運命を痛いほど分かっている大伯皇女の心情が切々と歌われています。
大好きな万葉集の一首です。

それでは今日はこの辺で失礼します。
最後までお付き合いくださってありがとうございました。

次回をどうぞお楽しみにお待ちください。

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